誰でも楽しめる書道~肥前小城の中林梧竹

三筆と言えば、空海、嵯峨天皇、橘逸勢と習いました。3人は平安時代初期の方です。

  

江戸時代には、本阿弥光悦・近衛信尹・松花堂昭乗の3人が三筆と呼ばれました。そして、近代になると、明治の三筆として、日下部鳴鶴・中林梧竹・巌谷一六の3人の名前が固まっています。昭和の三筆をAIに訊ねると、西川寧、手島右卿、日比野五鳳の3人と答えました。

 

中林梧竹の書
中林梧竹の書

明治の三筆の一人、中林梧竹は1827年(文政10)に肥前小城藩士の家に生まれ、幼いこ頃から書の才能に恵まれていたそうです。

☞ 小城市立中林梧竹記念館

 

明治維新後は書の道一筋に精進します。中国にも二度渡り、当時最新の書法を研究しました。中林梧竹は、あらゆる書体で品格のある書を残し、書論を記して日本の近代書道の基礎を築いた書聖と称されます。

 

佐賀県に行くと、中村梧竹の実に多くの書を見ることになります。紙に書いた書だけではなく、老舗の小城羊羹の看板、神社の灯篭や鳥居、建物の扁額など、とりどりです。とても同じ人が書いたとは思えないような、ユニークな書体です。また、「弘法は筆を選ばず」と言いますが、梧竹もさまざまな筆を使ってもいたそうです。 

 

しかし、梧竹によると書には従わなければならない不変の原則があるとのこと。その原則とはいかなるものかは、到底理解はできませんが、書の面白さを存分に見せてくれているようです。