トランプ氏のイラン攻撃によって、石油危機が現実のものになりそうです。
1973年10月の第1次オイルショックを振り返ってみましょう。第1次オイルショックのきっかけは第4次中東戦争です。中東戦争とは、ユダヤ人国家イスラエルとアラブ諸国の対立によって起こったもので、1947年からの第1次中東戦争、1956年からの第2次、1964年からの第3次に続いて1973年から第4次中東戦争が勃発しました。

第4次中東戦争は、第3次中東戦争でイスラエルに奪われたシナイ半島の奪還を目指すエジプトがシリアとともイスラエルを攻撃したことで起こりました。
当初は元々軍事力に優るイスラエルが、アメリカ軍の支援を受けて圧勝するとみられていました。ところが、エジプトとシリアはソ連製の兵器を導入して、緒戦に勝利します。
サウジアラビアなどが構成するアラブ石油輸出機構(OAPEC)は、エジプトとシリアを支援するために、イスラエル・アメリカ側に立つ国への石油輸出を止めると宣言しました。アメリカとの同盟がある日本も、石油供給が止まることとなって、オイルショックとなりました。
日本は石油の量的確保のため、インドネシア・中国・ソ連・メキシコなどから代替輸入をおこないます。石油価格は1973年10月以前の2.6ドルから1974年1月には11ドルを超えて約4倍になります。
石油価格上昇に伴い、消費者物価も上昇します。1973年度の一般消費者物価上昇率は15.6%
、1974年度は20.9%となります。急速に進行するインフレに対して、政府は石油の消費規制を進め(節電のためにNHKは11時で放送終了、民法の深夜放送も中止)、財政面では総需要抑制政策をとり、金融面では公定歩合を9%まで引き上げてマネーサプライを抑制します。
日本の高度成長は終焉を迎え、「狂乱物価」によって大不況が訪れます。 日本は戦後初めて1974年にマイナス成長となりました。ちなみにですが、この年の映画興行収入1位は邦画では「日本沈没」、洋画は「エクソシスト」でした。
