過去に学ぶ②)第1次オイルショックのその後

第1次オイルショックによって日本の高度経済成長期は終焉を迎えました。

 

第4次中東戦争によって、日本にオイルショックが襲ったのが1973年10月です。一般消費者物価の上昇率が20%を超えて、国内需要は低迷して不況感が蔓延します。1974年には実質マイナス成長となり、その後も日本の成長率は大きく鈍化します。国債依存度が高まり、財政は硬直化して、福祉予算の削減が議論されます。

 

第1次オイルショック(1973年)
第1次オイルショック(1973年)

企業は物価高騰に対抗するために減量経営を目指します。稼働率を落として、人員を削減し、設備投資を抑制します。

 

そして、内需に頼れない日本企業は、アメリカ向けを中心に輸出を拡大します。1976年から1977年に掛けての大幅な貿易黒字は、諸外国からの批判を受けます。

 

オイルショックは、企業に省エネを促し、エネルギー消費原単位の大幅な改善を達成させます。また、人員の削減は自動化を進行させて、製造業を中心に労働生産性の向上やコスト削減につながりました。この過程で、日本企業は国際競争力をさらに高めていきます。

 

諸外国からの非難をさけるため、日本政府は内需拡大をはかろうとします。積極財政政策をとろうとしますが、これは更なる物価高騰と国債依存度の急上昇を伴います。結果的に、当時の日本政府は「責任ある」積極財政政策に転換して、慎重になります。海外からの批判を消すことも、国内の経済界の期待に応えることも、どちらもできないということになりました。

 

表は日本の実質GDP成長率です。

1960年代の年率10%を超える高度成長期が、オイルショックを機会に転換して、1970年代後半には年率5%を目指す安定成長の時代になってきました。 

1966年 1967年 1968年 1969年 1970年

10.2%

11.1% 11.9% 12.0% 10.3%
1971年 1972年 1973年 1974年 1975年
4.4% 8.4% 8.0% ▲1.2% 3.1%
1976年 1977年 1978年 1979年 1980年
4.0% 4.4% 5.3% 5.5% 2.8%