奇想天外な骸骨にも裏付けがある~歌川国芳展

山口県立美術館で「歌川国芳展~奇才絵師の魔力」という特別展をしています。 

 

歌川国芳は、1798年に生れて1861年に亡くなった江戸時代末期の浮世絵師です。江戸の五大浮世絵師の一人です。「東海道五十三次」で有名な歌川広重より1歳年少で、5人のなかでは最年少です。江戸の五大浮世絵師の残る3人、葛飾北斎、喜多川歌麿、東洲斎写楽はいずれも1750年代生まれで、国芳や広重より30年ほど年長になります。

尚、国芳と同じ時代の有名な画家には「民衆を導く自由の女神」で有名なフランスのドラクロア(1798年~1863年)がいます。

  

歌川国芳
歌川国芳

国芳の魅力はユーモラスで大胆奇抜な構想力にあります。国芳の出世作になった「通俗水滸伝豪傑百八人之一個(壱人)」は、極彩色で奇想天外な大活劇で誰もがみるとワクワクします。

 

国芳の作品で最も有名なのが、巨大な骸骨が描かれた「相馬の古内裏」です。

山東京伝の読本の一場面です。平将門の遺児・良門と滝夜叉姫は、父の遺業を継いで蜂起を企てます。姉弟が妖術を身につけて、巨大な骸骨を操って源頼信の家臣・大宅太郎光圀と戦っている場面です。

 

骸骨が正確に描かれており、「解体新書(1774年刊)」などを参考にしたと考えられていました。ところが、骸骨の解剖学的な特徴から、実際はデンマークの医学者バルトリン(1585~1629年)が著した「カスバル解剖書」の挿絵を基にしていたことがわかっているそうです。

 

この他、国芳の作品には西洋の書物を参考にしたものが多数あります。特に建物や武器など技術的な要素には西洋の文献を参考にして描かれています。また、国芳は西洋絵画から遠近法やコントラストの技法も実験的に取り入れてもいます。

 

国芳の浮世絵をみると、その奇想に驚くだけでなく、彫りの精密さ、擦りの繊細さにさらに驚かされます。江戸時代の浮世絵は美術品ではなく商業製品ですから、総合的な技術力というかものづくり力が非常に高いと感じます。

 

菱川師宣が浮世絵というジャンルを創生してから、国芳の活躍までは150年余りの時を経ています。国芳の浮世絵には多くの先達の技が濃縮されているとも言えそうです。