1200年前からの140年間は山口だけでお金が作られた

私たちは日本で最初の貨幣は「和同開珎」と習いました。 

 

和銅元年(708年)のことです。しかし、これより以前、7世紀後半(683年)には政府が「富本銭」という銅銭を鋳造して流通していました。どの程度流通していたのかは不明ですし、祈祷のときだけに用いて取引には使われていなかったという説もあるようです。

 

銭

それはさておき、和同開珎以降、963年までの律令制の時代に12種の銅銭がつくられました。皇朝十二銭です。

 

国が銭貨を製造する役所が「鋳銭司」です。役所は平安京にありましたが、鋳銭所は当時は銅の産地だった長門と周防に置かれました。

 

817年に京の「鋳銭司」は廃止となり、鋳銭所は長門(今の下関市)一カ所に集約されます。さらに、825年になると長門鋳銭使は閉鎖されて周防(今の山口市)に移転して「周防鋳銭司」となります。この825年から963年までの140年間に鋳造された7種類の銅銭は、全て長登銅山など山口県産の銅を周防鋳銭司でつくられたものです。

 

山口は日本のお金の故郷の一つです。

☞ おいでませ山口へ!「周防鋳銭司跡」