学生服のルーツはプロイセンの軍服

昨日の続きですが、良いものを長く着る衣服の代表格が学生服です。 

 

今はそれぞれの学校で個性的なデザインの学生服があって、進学先を選ぶ際の決め手になるということもあるようです。私の頃は中学も高校も公立は男子は詰襟で女子はセーラー服でした。男子の詰襟は中学と高校で同じ制服で構わなくて、高校に進学した際にはボタンだけ買って付け替えれば、そのまま6年間使える仕組みでした。

 

学生服の変遷(村田堂)
学生服の変遷(村田堂)

まぁ、実際はサイズが合わなくなるので6年間同じというわけにはいきませんが、知り合いからのお下がりを使うことも容易です。

 

日本における最初の学生服は1879年(明治12年)に学習院の学生が着用したものだそうです。このときの学生服のモデルがプロイセンの軍服です。

☞ 学習院ミュージアム webサイト

 

詰襟・5つボタン・蓋付き箱ポケット、長ズボンという基本形はこのとき決まりました。ちなみに金ボタンは1886年に東京大学で変更されたもので、このとき制帽もつくられました。尚、詰襟の制服の色は冬は黒あるいは紺でも、夏は白あるいは鼠色でした。

 

詰襟の学生服は、日本から中国に渡って人民服(中山服)となりました。学生が同じく学生服を着用するという文化は東南アジアに広く伝わっています。

また、日本では学生服は自由を束縛するものだと忌避された時代もありましたが、現役の学生さんたちに学生服は結構受け入れられているようです。学生らしさ、若さ、明るさなどの象徴として良いイメージがあります。

 

1~2枚を何年も着まわす学生服ですから、機能性は重要です。ぼんやりした記憶では、いろいろ不満もあったように思います。日本において150年の長きに渡って定着している学生服ですから、何でもかんでも変えるというわけにはいかないでしょう。なかなか難しいところもありますが、改良されているのだろうと思います。