歴史上の出来事はいろいろな文書や絵画などで記録に残っているものです。しかし、食事についての記録は乏しくて、中世の時代になってもどんな食事をしていたのかは明確ではありません。そんななか、大内氏館跡から、大内氏が明応9年(1500年)に室町幕府10代将軍足利義稙を、天文18年(1549年)に毛利元就を饗応したときのメニューが発見されています。

このメニューを復元した料理が、湯田温泉の2施設で提供されています。但し、5日以上前に2人以上で予約することが必要のようですから、ご注意ください。
さて、中世の料理と現代の料理にはいくつか違いがあります。
中世の日本では、仏教の教えから獣肉(牛、馬、豚)を全く食べないということです。かろうじて、今のジビエ(猪・狸・鹿)を多少食べていました。
鳥肉は食べてはいましたが鶏肉ではありません。この時代に鶏を食べなかった理由はよくわからないそうです。この時代の鳥といえば、雉(きじ)を表します。食べる鳥は、雉のほかでは、雁、鶉(うずら)、それに白鳥や鶴でした。鶴は高貴な食品として珍重されていました。
魚は一等が鯉、鮒です。次いで、海産の鯛、鮭、鰹、川産の鮎といった順です。魚類は実に幅広く食べられていたようです。大内氏では河豚(フグ)や鯨、イカ、タコ、伊勢海老などもメニューに登場しています。また、佐波川の鯖料理は地域の名産です。
貝類は、一等が鮑(アワビ)、次いでさざえ、にし、赤貝といったところです。遠洋の魚が食べられていないのは当然ですね。
野菜は、里芋・山芋、うど、瓜、たけのこ、せり、山椒、つくし、生姜、くき、くわい、ごぼう、といったところです。キャベツ、レタス、にんじん、玉ねぎなど、現代では一般的な野菜はまだありません。
麺類は、そばやうどんではなく素麺(そうめん)です。豆腐や湯葉は食べられていたようです。茸類はしいたけ、ひらたけ、松茸、きくらげなど多彩ですが、海藻は昆布が中心です。
果物は、柿と栗、それに蜜柑(みかん)や金柑(きんかん)などですが、あまり種類が多くはありません。菓子類はかん(今の落雁)、きんとん、ふの焼き、饅頭、羊羹などで、やはり現代のようにバリエーションはありません。
中世の食も意外に複雑だったことがわかります。
