自公連立ができた経緯をおさらいしてみると・・

公明党が自公連立を解消して政権与党から離脱すると決めました。

 

そんなるんだろうなぁと、予想していた人は多いと思います。自民党の新執行部にもあまり驚きはないのだろうと思います。公明党は宗教法人創価学会が設立した政党で、創価学会が唯一の支持団体ということになっています。しかし、実態としては池田大作氏が設立した政党であり、それ故に池田氏を信奉する信者(学会員)が支えてきた政党とも言えるでしょう。

 

創価学会東京牧口記念会館
創価学会東京牧口記念会館

創価学会は第3代会長である池田氏以前、初代の牧口会長、2代目の戸田会長時代から政治参加の意向は示していました。しかし、あくまで国立戒壇の建立を目指すものでした。

 

1960年に戸田氏が亡くなり、池田会長が誕生すると政治参加の様相が一変します。学会内に文化局をつくり、政治部・経済部・教育部・言論部を配置し、公明政治連盟を結成します。そして、衆議院議員選挙に打って出るのです。

1964年、公明政治連盟は公明党となり、 日蓮聖人の立正安国論、王仏冥合の理念、仏法民主主義のもと、政界浄化、大衆福祉の実現などを図ると宣言しました。

 

その後、1970年に公明党は綱領と党則を改め、宗教政党から国民政党へと転換します。1970年代には創価学会の海外布教が本格化し、池田氏は創価学会インターナショナル(SGI)会長として中国やロシアなど共産主義国を含めた世界布教をおこない、国内では「創共協定」を結んで共産党との共存もはかります。

 

1991年に日蓮正宗が創価学会を破門するという事態が起こり、創価学会は宗門支配から脱した独立した宗教団体となります。そんななか、自民党の宮沢内閣が倒れ、非自民・反共産で結集した8党連立政権ができます。8党は議員数順に、社会党・公明党・新生党・日本新党・新党さきがけ・民主改革連合・社会民主党です。公明党は政権与党となりました。

 

細川連立政権は短期間で内部分裂します。1994年には8党連立から離れた社会党と新党さきがけが自民党とつながって、村山内閣の自社さ連立政権ができます。

細川連立の残った非自民勢力は、新たに新進党を結党して合流します。新進党の出身は多い順に、新生党・公明党・日本新党・民社党・自由改革連合です。自民党に真っ向対決できる巨大野党の出現です。

この新進党には、新生党出身の石破茂氏、公明党の斎藤鉄夫氏、日本新党の野田佳彦氏・小池百合子氏、自由改革連合の高市早苗氏、などが参加しています。 

 

結党後の新進党は急速に勢力を拡大しました。その原動力の一つが公明党の組織力であったことから、自民党は反創価学会キャンペーンを張ります。1995年にオウム真理教の事件が起こったこともあって、自民党は宗教法人法改正を唱えて池田大作名誉会長の国会招致を要求するようになります。

 

自民党の反創価学会キャンペーンが功を奏した結果、新進党は勢いがそがれ、1997年には解党して、民主党、小沢一郎氏率いる自由党、公明党議員が所属する新党平和、それに自民党に復党あるいは入党するグループの4つに分裂します。公明党は、新党平和の1年を経て1998年に再結集します。

 

この背後で、少数与党に転落していた自民党は、反創価学会キャンペーンや池田名誉会長招致などを撤回し謝罪して、公明党・創価学会と和解します。1999年の小渕改造内閣で自公連立政権が誕生して、爾来26年間の自公連立のはじまりとなりました。

 

池田名誉会長は2023年11月に95歳で亡くなられました。