奈良・東大寺にある国宝・重源上人座像は運慶作とも伝えられています。

東大寺の創建は天平に遡ります。大仏が鋳造され大仏殿が竣工したのは758年のことです。
1180年に平氏の南都焼き打ちによって、東大寺は大きな被害を受け、大仏殿は消失し、大仏も大破しました。
この東大寺再建の大勧進を務めたのが重源上人です。「ちょうげん」と読みます。重源は、醍醐寺、高野山で真言僧として修業し、中国・宋に3度巡礼した経験があり、このとき既に60歳を越えていました。
重源は東大寺再建のための良質な材木を周防・徳地に求めました。
当時の徳地は貧しく、源平合戦のために疲弊していました。重源は食料を施し、保養のための石風呂を各所につくるなどして、材木の調達に人々の協力を得ます。材木は筏を組んで佐波川を下り、瀬戸内海を経て奈良に運ばれました。
重源をはじめ多くの人々の苦労の末に、東大寺は1195年に再建されました。
その後、東大寺大仏殿は戦国時代の1567年に多聞山城の戦いで再び消失します。現在の大仏殿は江戸時代の1709年に再建されたものです。
重源が再建した大仏殿は残っていないのですが、消失を免れた南大門や金剛力士像に使用されている木材は科学鑑定によって徳地産だとわかっているそうです。
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