原爆の日は全校登校日だった

今日は広島原爆の日です。

  

昭和40年代に広島県の小学生でした。毎年8月6日は全校登校日で、原爆に絡んだ平和教育というものがありました。「原爆許すまじ」や「夾竹桃のうた」は今でもフルコーラス歌えます。ただし、この平和教育は少々変なものでした。校庭や講堂での全体集会や学年集会が終わると各教室に分かれるのですが、何故か担任ではない先生が講義を担当することがありました。

 

夾竹桃
夾竹桃

戦後20年。先生のなかには従軍していた人もいますし、広島や長崎で被爆体験を持つ人もいました。まだ、戦争を知らない子供たちはほとんど教職にはついていない頃です。

 

今になって思い返せば、定かにはわかりませんが、先生方の間にも平和教育への向き合い方に違いがあったように思います。

日教組や広教組などが主導していたのでしょうが、無垢に近い義務教育期間の子どもに対して、一方的な思想を伝える危うさを感じる先生もいたのかも知れません。

 

また、戦場のこと、原爆のこと、あるいは戦死した家族のことなどを思い出すことを躊躇う人も多かったと思います。中国では文化大革命の嵐が吹き荒れ、ベトナム戦争が泥沼化している時代です。子どもながら、この先生とあの先生は仲が悪そうだと薄々分かる関係もありました。戦争や政治思想への何かしらの違いがあったのだろうと思います。

 

戦争や紛争の全ての犠牲者を悼み、家族を慰めたいと願います。