宇部市の旧長生炭鉱では1942年(昭和17年)に183人が亡くなる事故が起きました。
宇部では江戸時代から石炭の生産がおこなわれていました。明治になって、本格的に炭鉱開発が進められ、石炭を利用した産業が発展していきます。1940年頃の宇部での石炭の年間生産量は約400万トン(日本全体の8%くらい)にもなっていました。長生炭鉱は大正時代に開発された海底炭鉱です。年間約15万トンの石炭を生産していましたが、1942年の水没事故でそのまま閉山しました。

鉱山やトンネルやダム建設で事故が起こると遺体の収容が困難な場合があります。
最も遺体の収容が困難なのは船舶など海難事故でしょう。
2022年の知床の小型遊覧船沈没事故では、26人のうち6人の遺体が見つかっていません。韓国セウォル号事故は、」沿岸部での大型船沈没事故で船体も引き揚げられていますが、5人の遺体が見つかっていません。
長生炭鉱は83年前の海底炭鉱の水没事故です。ビーヤと呼ばれる排気口から潜水して遺骨を蒐集しようというのですから、極めて難易度が高い危険な作業です。
今日の作業で台湾から参加していたダイバーの方が水中で亡くなられたという報道です。
☞ 海底炭鉱で遺骨の潜水調査中に台湾から参加のダイバーが「けいれんした」通報…病院で死亡確認(読売オンライン)
ダイバーとありますが、一般の職業潜水士ではなく、海底洞窟探検家といった方のようです。亡くなられた方のご冥福をお祈りするところですが、もともとこのプロジェクトは危険性が非常に高いと言われており、宇部市民としては、ちょっと引っかかるところがありました。
いろいろな事情があるようですが、ムリをしてまで実施する事業では無いと思います。
