今年は火災のニュースが目につきます。
鴨長明の方丈記には京都の1/3を焼いた安元の大火について書かれています。佐藤春夫の現代語訳版を一部を引用してみます。
安元三年四月二十八日位であったと思うが、風の物すごく吹いている日で、遂には大嵐となった日の事である。京都の東南部の某の家から折り悪しく火が出たのである。

たちまちの中に火は東北の方へと燃え拡がって行った。そして遂には朱雀門や大極殿、大学寮、民部省等の重要な建築を一夜の中に尽く灰塵としてしまった。
嵐と火事の真只中に囲まれた京の人々は全く半狂乱でその為す所を知らずと云う有様、皆もう生きた心持もなく、ただただ自然の成り行きにまかせて見ているより仕方がなかった。
何をする等と云う頭はまるで働かず、茫然自失、全く手の下し様がなかった。
吹き付けて来る煙に巻き込まれた人は呼吸を止められてパッタリと倒れ、人事不省になり、又吹き付ける火災にその身を巻き込まれた人々は直にその場で貴い一命を奪われてしまう事も頻多であった。
人間は本来、色んな愚にも付かない事をするものであるが、とり分けこん度の様に一朝にして総すべてを灰塵に帰すると云う様な危険性の多分にある都会の中にあって、一朝にして灰となる運命も知らぬげに、自分の住家に、大層なお金を掛けて、ああでもない、こうでもないと色々と苦心して、建てる事程間抜けな愚かしい事はないとしみじみと思い当った。
こうして苦労して建てても一朝火炎に見舞われれば直に灰塵となってしまうのであるのに、全く建物にお金を掛けたり苦労する程馬鹿らしい事はない。
住居が密集すればするほど、つまり人が集まれば集まるほど、活動の効率性は高まっていきます。これは間違いのないところですが、一方でリスクも集積されるわけです。
鴨長明は方丈記という書名が示すように、1辺が1丈(3m余)の小さな住居に住んでいた?ようです。政府や企業が、生活や経済活動の効率を少し犠牲にしてでも、危険性の少ない地方に仕事を移転させるという選択肢もあるかもしれません。
