山口市も城下町ではあるのですが、大内氏が治めた室町時代のことですから、江戸時代にできた城下町とは様相が異なります。
山口の中心は大内御殿(大内氏の館)です。大内御殿は周りを土塁で囲んでいたので、一種の城とも言えます。大内御殿の周りは、南北1㎞、東西500mくらいの範囲で武士の居館が配置されています。南北に門を配置して隔離されていたので、この中が大内氏の政庁であったわけです。
武家地の周辺、山口盆地の山裾に沿って寺院が配置されています。武家地の北側には、五重塔で有名な瑠璃光寺、宮野に移転する前の常栄寺がありました。西側には大通院や普門寺、東側には長門湯本に移転する前の大寧寺、南側には龍福寺や円政寺といった配置です。
大内氏が仏教を庇護していたということでもありますが、どうもこれらの寺は有事には軍事拠点としても配置されていたようです。寺の広い敷地には、武器や食料が備蓄されていて、兵を教練したりしていたそうです。万が一、敵が山口に攻めてきたときは防衛拠点とし、外征のときには基地にしようとしていたようです。
