前橋市は詩のまち 萩原朔太郎らの出身地

市長のラブホ好きで有名になった前橋市、キャッチフレーズは「水と緑と詩のまち」です。

  

ちょっと意外なキャッチフレーズです。水と緑というのは、赤城山・榛名山・妙義山の上毛三山に囲まれ、利根川や広瀬川が流れる山紫水明な土地柄に由来します。詩(うた)のまちというのは、萩原朔太郎の出身地であることに由来しているそうです。

 

萩原朔太郎(前橋文学館)
萩原朔太郎(前橋文学館)

前橋文学館の案内から引用すると、萩原朔太郎(1886年生れ)は口語自由詩を確立し、近代詩史に大きな足跡を残しました。ほかに平井晩村、高橋元吉、萩原恭次郎、伊藤信吉ほか多くの詩人を輩出した前橋は「近代詩のふるさと」と言われています。」

 

山口県には、山口市にある中原中也(1907年生れ)の記念館、長門市の金子みすゞ(1903年生れ)の記念館などがあります。

 

萩原朔太郎は中也やみすゞより少し年長になります。山口県民がよく知っている人では種田山頭火(1882年生れ)が朔太郎と同時代です。

 

また、朔太郎とともに口語自由詩を創始したとされる石川啄木は同年の1886年生れ、高村光太郎は1883年生れです。

 

萩原朔太郎は明治19年に現在の前橋市で生まれました。旧制中学時代から、文学(当初は短歌、その後詩作)に没頭しました。大正2年に北原白秋(1885年生れ)の雑誌に詩を発表し、親友の室生犀星(1889年生れ)らともに多くの詩を発表していきました。

 

萩原朔太郎の詩の素晴らしさなどを説明する力はありませんので、代表作を載せておきます。


光る地面に竹が生え、

青竹が生え、

地下には竹の根が生え、

根がしだいにほそらみ、

根の先より繊毛が生え、

かすかにけぶる繊毛が生え、

かすかにふるえ。

 

かたき地面に竹が生え、

地上にするどく竹が生え、

まっしぐらに竹が生え、

凍れる節々りんりんと、

青空のもとに竹が生え、

竹、竹、竹が生え。



旅上

ふらんすへ行きたしと思えども

ふらんすはあまりに遠し

せめては新しき背広をきて

きままなる旅

にいでてみん。

汽車が山道をゆくとき

みずいろの窓によりかかりて

われひとりうれしきことをおもわん

五月の朝のしののめ

うら若草のもえいづる心まかせに。



残念ながら、前橋市に行ったことがありません。

今の私にとっては、まえばしへ行きたしと思えども まえばしはあまりに遠し、です。