お寺の仏堂は生活空間なので敷居が高い

ジョギングは周回コースですが、散歩というかウォーキングの場合は目的地を決めることが多いです。

 

目的地は、たいてい神社がお寺です。数えたことはありませんが、周りには実に多くの神社やお寺があります。縁起もいろいろで、お祀りしている神様仏様も様々ですが、じっくり観るだけの価値があるところばかりです。森閑とした雰囲気の中で、5分くらいクールダウンしてから、戻れば運動効果は高まります。虫よけクリームは必須ですが・・。

 

寺の本堂(本文とは関係ありません)
寺の本堂(本文とは関係ありません)

現在、お寺の本堂はたいてい畳敷きになっています。畳屋さんによると、お寺の畳は特注品で手間のかかる高級品だそうです。特に、紋縁畳(もんべりたたみ)といって、畳の縁にはお寺の紋をきれいに装飾することが多いので、ベテランの畳職人しかつくれないと言われます。

 

仏教が伝来してからしばらくの間、お寺の本堂は、土間に柱が立って屋根があるというシンプルなものでした。本堂は、あくまでも仏のための空間だったのです。当時の僧侶は、渡来系氏族や地方の役人や豪族の子弟がなることが多かった(空海は讃岐、最澄は近江のともに地方役人の子というのが確からしい説です)のですが、徐々に皇族や上流貴族出身の僧が増えていきます。

 

皇族や公家の場合は、自分の敷地内に寺を建てることが多くて、仏堂と住居が一体化していったそうです。寺の僧侶を住職というようになり、仏堂は住むところ、仏様のほうが僧侶の生活空間に取り込まれたということです。神社のほうも、同じ流れですかね。

 

 

土間なら、ちょっと本堂でご本尊に挨拶してということもできるのですが、畳敷きでは文字通り敷居が高いです。少し残念ですよね。一方で、神社のほうは、ちょっと上手くやっていて、拝殿で鈴を鳴らして参拝することで、とりあえず満足させています。そのうえ、賽銭箱も置いて、利益も得ています。お寺が工夫をしない(しなくてもいい)理由は・・・?

 

すみません。だからどうという話ではないのです。仏様を拝める仏堂のほうが、ウォーキングの目的地にはよさそうな気がしているというだけです。