つれづれなるままに、日暮し、硯にむかいて、

皆さんご存知の兼好法師の徒然草(つれづれくさ)の冒頭です。硯はすずりです。念のため。

 

つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。(することもなく手持ちぶさたなのにまかせて、一日中、硯に向かって、心の中に浮かんでは消えるとりとめもないことを、あてもなく書きつけていると、不思議なほど心が高ぶってくるものだ。)

 

赤間硯
赤間硯

硯(すずり)に向かったという経験がほぼありません。兼好法師の気持ちがどんなふうに高ぶっていたのか、想像ができません。でも、少し想像してみたいとは思います。

 

宇部市と下関市に「赤間硯」という伝統的工芸品があります。

伝統的工芸品とは、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」を根拠に経済産業大臣が指定するものです。100年を超える歴史があり、手作りで日常的に使用されるものといった決まりがあります。現在、全国で236品目が指定されています。

☞ 一社)伝統的工芸品産業振興協会

山口県では、赤間硯のほか、萩焼、大内塗の合計3つが指定されています。

 

その赤間硯ですが、存続の危機です。実質的に事業を継続しているのは4~5者しかありません。また、高齢の方も多く後継者の数も限られています。

硯では宮城県の雄勝硯も伝統的工芸品に指定されていますが、東日本震災の影響もあって、現状は赤間硯同様に厳しいようです。

 

書道では、紙、筆、墨、硯が必要ですが、紙や墨は消耗品です。筆は字を書くだけでなく絵を描いたり化粧に使ったりいろいろな用途があります。硯は良いものを一度買えば、なかなか買い替えるものではないので、需要が膨らみません。

墨は奈良墨と鈴鹿墨が伝統的工芸品に指定されていますが、現在では、墨の生産は奈良県が全国の95%以上です。その奈良で呉竹精昇堂(現:呉竹)が、1958年に墨汁(液墨)を開発して発売、更に1973年に筆ペンを世に出しました。ますます、硯の出番が減っています。

 

このまま数十年経つと、日本で硯をつくるところが無くなってしまうかもしれません。

鎌倉時代の終わり頃、兼好法師は紙に向かうでも、筆をとるでもなく、硯に向かうことで、あやしいほどの物狂いをしたわけです。硯の力を感じる機会があればいいですね?

 

☞ 宇部市 赤間硯の里  おいでませ、山口へ!