山口県にはため池が10,000ある~江畑池

ため池とは、人口の池です。主には農業灌漑用につくられています。

 

水田での耕作をするには農業用水が必要ですが、日本の河川は短いので必要なときに水が足らないことがあります。そこで、人口の池をつくって水を貯めることにしたわけです。大阪平野に点在する大型古墳の周りに濠があるのも、実はため池としての機能を果たしていたと言われています。

 

江畑池(宇部72カンツリー倶楽部)
江畑池(宇部72カンツリー倶楽部)

ため池は、雨量の少ない瀬戸内海沿岸に多くつくられました。都道府県別では、兵庫県・広島県・香川県・大阪府・山口県の順に多いとされます。山口県には、およそ10,000のため池があります。(但し、ため池の数は、どの大きさまで数えるかで変わるので、正確な数は不明です。)

 

日本で最大といわれるため池は、香川県の満濃池です。弘法大師空海が発案したと言われる満濃池は、貯水量1500万㎥です。

山口県で最大のため池は、下関市にある深坂ため池で、貯水量は125万㎥です。

 

宇部市には宇部72カンツリー倶楽部という老舗のゴルフ場があります。

名前の通り4つのコースが、万年池西コース・万年池東コース・江畑池コース・阿知須コースと名づけられています。

この万年池も江畑池もため池です。

 

このうち江畑ため池は少々注目です。江畑ため池の堰堤は、「国の登録有形文化財」となっています。実は、日本最古の灌漑用コンクリート造重力式ダムなのです。

 

明治の頃、現在の山口市井関・阿知須地域は農業用水の確保に苦労していたことから、明治22年に江畑ため池がつくられました。ところが、運の悪いことに翌年の明治23年に集中豪雨が発生して、できたばかりのため池が決壊してしまいます。この決壊によって、谷筋の集落は甚大な被害を受けることになりました。

 

江畑ため池の建設を推進していたのが、当時山口県議会議員だった徳田譲甫(じょうすけ)です。江畑ため池の決壊で被害を受けた人の怒りの矛先が、自然と徳田に向かいます。

ところが、徳田は江畑ため池の建設を諦めません。なんと翌年には井関村の村長(県議会議員との兼職)に就任して、江畑ため池の再建を目指します。

 

しかし、土質の脆い江畑ため池では、盛り土の堰堤では強度が足りません。

徳田は新しい工法の研究を重ねた結果、日本最古の灌漑用コンクリート造重力式ダムの建設にたどり着きます。ようやく、昭和6年に江畑ため池が完成するのですが、その雄姿を見るのを待っていたかのうように、徳田はその秋76歳で他界します。

 

貯水量45万㎥の江畑池は、90年近くを経た現在でも、この地域の農業用水を担っています。