ハンコは無くなるか?無くしてもいいのか?

印鑑によって、個人や法人を特定するという方法は、それなりに合理的です。

 

本当にハンコをやめてよいのだろうか?と、ちょっと考えます。単に、慣習とか役所文化として押印しているものは、確かにやめても構わないとは思います。ただ、組織においては、文書に誰の(どの役職の)ハンコが押されているかで、その業務の重みが一目でわかるという点で存外役に立っていましたし、効率的でした。

 

印鑑の効力
印鑑の効力

印鑑に代わるものは、署名(サイン)ということになるわけです。

海外の文書では、やたらにサインを求められます。大事な契約などでは、100も200もサインをすることがありました。

 

日本人の場合は、署名をするなら漢字になりますから、いかに自分の名前とはいえ100回書くと手首を痛めます。このため、簡単な英字のサインを書くことになりますが、これは本人を特定することになりません。そこで、公証役場に行って、公証人の前でサインを書いて、登録をしてもらいました。

 

登録されているので、サインするときはできるだけ登録したように書こうと努力します。登録したサインはコピーして持っていて、見比べながらサインします。やはり、100も書いたら疲れます。ハンコだったら、パンパン押したらいいので、合理的です。

 

さらに、漢字は書くのに手がかかるのですが、逆に署名を模造することが英文字などと比較して簡単ということがあります。花押にするという方法もあるのですが、ちょっと大げさです。

ハンコ文化というのは、漢字文化ということなんですね。ハンコ文化という意味では、台湾なんかが日本と同じです。

 

中国は漢字の国ですが、文化大革命で過去の文化を全て捨てようとしたので、ハンコを使わず署名になっていました。しかし、責任の特定に課題があるようで、近年になってから、政府が印鑑を発行して、各機関に配布して、重要書類に押させるような仕組みが広がっています。

韓国は漢字からハングルになって、しかも同姓の人が多いので、ハンコはあまり使われずサインです。