回転しない回転寿司~新型コロナの影響

新型コロナウィルス感染症の感染防止のために、回転寿司の大手チェーン店は軒並み回転レーンでの寿司の提供を止めています。

 

まぁ、元々”回転寿司”を回転するレーンから選んで食べる人の割合は15%くらいしかなかったようです。タッチパネルなどで好きなものを注文するほうが面倒が無くて便利ということです。今回の新型コロナ騒動で、回転レーンを使うお店が減っていきそうです。回転寿司という名称そのものを変更しなければならないかも知れません。

 

回転すし
回転すし

但し、現在一般的に知られている寿司の歴史はそんなに古いものではなくて、せいぜい江戸時代の後期、200年くらい前に生まれたものです。

 

寿司のはじめは「熟れ鮨(なれずし)」です。アユやフナ、アワビなどを乳酸発酵させた食品です。

長期保存できることから東南アジア各地で昔からつくられていました。日本でも弥生時代に既に食べられていたという説もありますが、文献で残っているのは平安時代以降です。それでも、千数百年の歴史があります。

 

この乳酸発酵は手間が掛かるので、安土桃山時代になると、熟れ鮨の酸っぱさを酢で代用するようになりました。この時代につくられていたのは、魚と飯を型に入れてつくる「箱寿司=押し寿司」です。五百年くらいの歴史です。

 

握り寿司が登場したのは江戸時代も終わりに近い1810 年に、現在の墨田区両国に開業した華屋与兵衛という寿司屋さんと言われています。

酢飯でつくった握り飯の上に魚の切り身を載せたもので、現在の握り寿司の原型とされています。200年余り前のことです。江戸の人は気が短いことから、手間のかかる箱寿司でなく握り寿司を好んだということです。但し、今のような高級寿司ではなく、主に屋台で提供されるような庶民の食べ物です。その後、明治・大正時代になっても東京ローカルの食べ物でした。

 

握り寿司が全国に広がったのは、1923年の関東大震災がきっかけとされています。震災によって、東京への集中が止んで寿司職人が地方に移動したのです。そして、寿司が屋台で食べるものから店舗のカウンターで食べる料理に変わったのは、第二次大戦前の1939年に、公衆衛生上の目的から屋台営業が禁止されたからだそうです。

 

こうして寿司屋のカウンターで食べるスタイルができて戦後の復興期に大繁盛しました。今に続く高級店ができたのはこの頃ですから、わずかに約70年前です。

しかし、繁盛すると職人の人手が不足します。1958年には早くも日本初の回転寿司「回る元禄寿司1号店」が開店しています。

 

こうしてみると、高級寿司の歴史は意外に短くて、一貫して寿司は庶民の食べ物だったことがわかります。寿司がレーンが回転することを自粛するようになっても、庶民派の寿司店の事業は回転し続けるように思います。