漁業は成長産業だから衰退するのか

漁業が世界的な成長産業であることは疑う余地がありません。

 

世界の漁業生産量は年々増加して、昨年(2018年)についに、2億トン(2000億㎏)を超えました。世界の人口が73億人ですから、2000÷73=27㎏/人・年となります。365日で割れば、1日75gです。世界の漁業生産量が1億トンを超えたのは1988年ですから、30年で倍増したというわけです。

 

下関港の朝
下関港の朝

ちなみにですが、食肉生産量は3億2千万トンでした。水産物と比較すると1.6倍です。

古来から水産物と縁のない国や地域は広いですが、肉類(牛や豚を思い浮かべがちですが、食肉で最も多いのは鶏肉です)に縁のないところは少ないです。

 

日本のように魚食に慣れ親しんでいる地域は稀ですが、今では世界中の人々が水産物を食べるようになりました。たいへん結構なことで、水産業の技術水準の高い日本の漁業にとってはチャンスです。

 

日本列島には、南の暖かい海から、黒潮に乗って多くの魚(カツオをイメージします)がやってきます。北からの親潮には、肉食魚の餌になる魚が豊富です。黒潮と親潮がぶつかるエリアは世界でも有数の好漁場になります。また、日本列島の長い海岸線には、優れた漁港がたくさんできます。

 

ところが、日本の水産業は衰退の道を歩んでいるように見えます。世界の漁獲量の増加は、すなはち水産資源の枯渇につながっているようです。国産機関が推定している持続可能な水産業のための漁獲可能量を超えた過剰漁獲の問題があります。

 

しかし、実態としては過剰漁獲の問題より、漁業者の技術力不足と低いモラルによる影響が大きいようです。漁獲量が増えていく過程では、それまで水産業で生活をしていなかった新規参入者が増えていきます。

技術が未熟な水産業者は、混獲比率が高くなるそうです。未成魚(子供の魚)や商品にならない魚やその他の生物(海鳥なども含む)を混ぜて獲ってしまうわけです。そうすると、これを海に投棄するということになります。

 

海に返すというわけですが、一度捕獲された未成魚や魚は弱ってしまって死んでしまいます。

年間に投棄される量は、捕獲した量の平均8%ほどだそうです。なんだ、8%くらいなら大したことがないと考えると間違いです。未成魚の魚は小さいので、個体数とすれば8%では済まないですし、子供のときに死んでしまえば大人にはなりません。

 

また、平均というのは曲者で、エビのトロール漁のように投棄率が60%といった漁もあります。わたしは、エビは食べないからいいと考えるのも間違いです。海の食物連鎖のなかでエビというピースがなくなると、他の魚種も減ってしまいます。

 

どうも、水産資源の枯渇は過剰漁獲より混獲投棄の影響が大きいようです。混獲防止技術にはいろいろなものがあるそうです。日本では長年の経験で、優れた漁具が開発されています。

もっとも、世界には、混獲と投棄を厭わず、ごっそり獲っていくほうが楽だという考えの人もいるようです。海の上では誰も監視していないわけですし、海そのものも誰かの所有でもないので、漁業者のモラルに頼るしかありません。これも大きな問題です。