恵方巻はセブンイレブンが1999年につくった風習

節分に恵方を向いて巻きずしを丸かぶりするという奇っ怪な風習が定着しています。

 

こんな風習は最近になるまで聞いたこともなかったのですが、どうも行事として全国的に定着しているようです。節分の日に売られる恵方巻の生産高は250億円を超える(1億人として1人250円)とのこと。つくった恵方巻の4%が、節分を過ぎて売れ残ったり食べ残ったりして棄てられている(その額が10億円以上になる)ということで問題になっています。

 

恵方巻
恵方巻

特定の行事のために準備されたものが残ってしまって、廃棄されるのは、別に恵方巻だけではありません。

クリスマスケーキもそうですし、年越しそばやお正月のお節料理の材料もそうです。節分の豆も全てが売り切れるわけでも、食べられるわけでもないでしょう。

 

恵方巻だけが何故ことさら取り上げられるのかは、ちょっと気の毒です。やはり、恵方巻の丸かぶりというのが、新しい風習であり、多くの国民が完全には腑に落ちていないということなんだろうと思います。

 

恵方巻の由来については、いろいろな記事がネット上にでていましたが、まとめると次のようなことのようです。

 

1700年頃:江戸時代になると江戸湾で海苔が養殖されるようになり、板海苔(浅草海苔)がつくられるようになった。

1750年頃:すだれに海苔を引いて、飯と具材を載せて巻く巻きずしが考案された。

 

大正時代 :大阪の花柳界で、節分に巻きずしを丸かぶりする風習があった。経緯は不明だが、大阪の寿司業界の宣伝(販売戦略)があったという可能性が高い。

 

戦後~1970年代:大阪と東京の海苔組合の会合で、海苔の販売促進に効果があるイベントとして節分の巻きずしというアイディアが登場した。しかし、関西では多少の成果があったが関東では拡がることはなかった。その後の一時期は、味付け海苔の普及があって、海苔不足となった。このため、海苔の販売促進へのモチベーションが下がっていった。

 

1980年代:海苔の生産が増えたことを受けて、大阪の若手海苔商経営者のグループが再び「節分の巻き寿司丸かぶり」キャンペーンを展開した。これが大阪圏で受けて、10年ほどの間に阪神地域で新しい風習として定着していった。

 

1989年 :セブンイレブンの広島地区のオーナー(大阪出身)が販売促進のため、広島で節分の巻きずしを販売したところ堅調な売り上げを示した。翌年以降、セブンイレブン本部は節分の巻きずし販売する地域を少しづつ広げていった。

1999年 :セブンイレブンはついに節分の巻きずしを全国展開することになった。このときに「恵方巻」という商品名を考案して売り出した。

 

もうすぐのバレンタインデーも、それを超える経済効果があるハロウィンも、新しい年中行事というものが産み出されて成長していきます。一方で、行事の後には廃棄されるものもたくさん出てくるわけですし、あまりの人気拡大は弊害も生みます。

このあたりを、うまく調整してくことが継続していくには大事です。