事故は人間的要因と技術的要因の両方が揃って起きる

札幌のスプレー缶事故のマスコミ報道が人間的要因に偏ってきているので要注意です。

 

事故(爆発事故をはじめとする工学的な事故)は、人間的要因と技術的要因の両方が揃った場合にはじめて起こるものです。逆に言えば、どちらかが欠けていれば事故は起こらないので、片方に注目して排除するということにも一定の合理性はあります。

 

スプレー缶の注意書き
スプレー缶の注意書き(Twitterから)

今回の事故の人間的要因を報道などからまとめると、どうやら以下のようなことが浮かび上がります。

 

会社(FC本部)は、売上高・利益を上げるために末端の店舗にいろいろなノルマを与えていたようだ。その一つに、賃貸物件の除菌消臭の施工がある。

 

施工といっても、除菌消臭スプレーを部屋のなかで噴霧するだけのこと。このスプレーはメーカーが生産したものを会社の子会社が一括で仕入れて、子会社から各店舗に販売される。

そのときの価格はおよそ1本が1000円。子会社の仕入れ価格は不明だが、数百円(千円以下)。

 

除菌消臭の施工料金は1万円から2万円ということで、数百円で購入したスプレー缶の弁を開放するだけでこれだけの料金を取れるので美味しい仕事。さらに、設備の修理や掃除であれば実施していなければ顧客はすぎ気付くけれど、除菌消臭は施工したかどうかはわからない。

清掃業者が帰ったあとの賃貸物件にいちいち行くのは面倒なので、除菌消臭は施工したことにして、玄関に「除菌消臭済み」と掲示しておくだけということもあったようだ。

その結果、店舗には300本(諸説あるのですが最大値)の未使用のスプレー缶が溜まってしまった。店舗の移転が決まったので、これを廃棄しなければならなくなって、120本のスプレー缶を一斉噴射させることにした。というのが顛末のようです。

 

ここで、技術的要因を押さえましょう。

スプレー缶の注意書きを見てみますと、「危険!極めて可燃性・引火性の強いエアゾール」とあります。更に、強い目の刺激・遺伝子疾患・生殖への悪影響・呼吸器障害・麻酔性などの注意書きが並んでいます。しかし、内容物が何かは書いてありません。

実際は、ジメチルエーテル(DME)が使用されていました。

 

DME(CH3-O-CH3)の性質を調べると、分子量46・比重0.66・引火点-41℃・発火点350℃・爆発限界3.4~27.0%とあります。

このスプレー缶は容量200mlでアルコール類20mlと表示されています。アルコール類というのがエタノール(たぶん)に溶解した除菌消臭成分のことです。これも可燃物・危険物ですが、今は置いといて、残り180mlがDMEです。

 

スプレー缶1本に含まれるDMEのガスとしての容積を概算します。簡易的に1㏖の気体の容積を24Lとすると、180ml×0.66÷46×24≒62Lとなりました。

仮に、店舗の部屋が6畳間くらいとすれば縦3.5m×横2.5m×高2.0m=17,500Lの容積になります。

部屋が完全に密閉されていた場合に、スプレー缶1本を噴霧すると62÷17500=0.35%となります。DME濃度は0.35%ですから爆発限界に達しませんから火はつきません。

スプレー缶10本を同時噴射すると計算上は爆発限界に達します。

 

尚、スプレー缶のエアゾールにLPGが使用されるケースが多くあります。LPGの爆発下限界はDMEの3.4%よりずっと低い2.1%です。

先に書いたように、スプレー缶にはエアゾールの内容は記載されていませんから、LPGだと想定すると7本でも爆発限界に達します。危険性の認識は、このレベルでするべきです。

 

また、爆発するには燃焼の三要素が揃う必要があります。可燃物(DME)・̪支燃物(空気)・着火源(今回の事故では、湯沸かし器の火花)です。濃度が爆発限界のなかにあっても、着火源がなければ爆発はしません。

 

と、ここまで長々と書いて、ちょっと気になりました。

クリスマスの夜に彼女さんを愛車に招こうとする若者がいました。ふいに車内のタバコの臭いが気になって、LPGをエアゾールに使っている除菌消臭スプレー(200ml)を1本だけ噴射したとします。

小型乗用車の車内容積は2000Lくらいですので、LPG濃度は爆発下限界を超えています。

臭いも消えて、「今夜はウフフ・・」おもむろにタバコに火をつけると・・・あ~怖い!