日本永代蔵より(25)・・・三匁五分 曙のかね

日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第二十五回。

 

”作州に隠れなき悋気嫁 蔵合といふは九つの蔵持”

(岡山で有名な焼餅焼きの嫁。蔵合屋は九つも蔵を持つ大金持ち。) 


男女の相性がぴったり合うというのは不思議ですし、相性が合わないけれど素敵なカップルもあります。近頃は、相性とか、年齢や容姿に関係なくて、本人や家族の経済力で相手を選ぶ人も増えています。 

経済力、つまりお金のあるなしで結婚相手を決めるのは、嘆かわしい風潮です。

 

岡山県の和気川の上流に津山市があります。この津山市にある、蔵合屋という会社は岡山県では知らない人がいない長い歴史を誇る優良企業です。豪華で大きな社屋や工場が9つも建っていて、誰の目にもお金がたんまりありそうです。

 

この蔵合屋に続けと、地元で高収益を上げているのが万屋です。万屋は、今の社長が一代で興した会社で、高収益を上げているのですが、蔵合屋と違って目立ちません。

社屋はみすぼらしいほど小さな建物ですし、パーティーとかイベントを開くこともありません。社長もいつも作業服で、乗っているクルマもライトバンです。

 

社長は目立たないけれど、ものすごい資産家です。社長には一人息子がいたのですが、子どもながらに家が資産家だということを知って、金使いが荒く育ちました。社長は息子の性質を見極めるために、13歳のときに家を出して、兵庫の貧しい親戚に預けて様子を見ることにしました。

 

結局のところ、社長は息子を跡継ぎにすることはあきらめて、妹の子を見込んで、会社で下働きから徹底的に鍛えました。この若者は、息子と違って僅かな無駄も見逃さず、不要になった用紙類のリサイクルや不良製品のリユースなど、いろいろなアイディアで会社の利益を増やしました。

社長は26歳になったこの甥にあたる若者を養子に迎え入れました。そうすると次は、嫁取りです。社長は、「とにかく嫉妬深い女性こそが、嫁に最適」と探します。世の中は広いので、社長の思惑にピッタリの女性が見つかり、めでたく質素な結婚式が執り行われました。

 

ほどなく社長は引退して、万屋の事業は全て甥の新社長に引き継がれました。

新社長も跡を継いでしまったら、有り余る金に少々調子づいて、女遊びに手をかけようと企てましたが、探しに探して迎えた嫉妬深い嫁が、狂ったような大声で泣き叫びます。新社長も近所の手前もあって、女遊びはあきらめて、夕食に少しの酒でも飲んで早寝早起きするしかありません。

 

社長がこんなものですから、交際も接待もなく、従業員も夜な夜な勉強会を開いて、社業に関わる知識習得に励みます。会社の業績は、どんどんよくなり、「嫁は悋気に限る」というが地元で知れ渡りました。

 

大体において、子どものしつけが甘くなると家業は傾きます。父親が厳しくしつけても、母親が甘ければ、子どもは抜け道を見つけて悪賢くなります。しつけというのは、厳しすぎるということはないようです。

 

万屋の先代社長も亡くなり、名実ともに新社長夫婦の時代になりました。そこで、社長夫人となった悋気の嫁は、初めての贅沢でアメリカ旅行に出掛けました。ニューヨーク・ボストン・ラスベガス・・、華やかな世界を初めてみて、嫉妬深いのも野暮なことだと思うようになりました。

この機を逃さない新社長、自らも理由をつくっては、東京・京都・大阪への出掛けるようになりました。女性やギャンブルに金をつぎ込むようになってくるり、社業も傾き始めます。勤勉だった従業員にも、怠業が目立つようになってくると、業績は急降下していきます。

 

こうなると、社長もマズイと気がついて、新事業に取り組みます。業績がよかったときにも会社の業績は隠していましたから、業績悪化もあまり知られていません。

新事業に取り組むと発表すると、割と簡単にお金が借りることができました。これまでは、自己資金での事業でしたが、借入金も同じお金です。業績も急回復して、売上高も何とか以前の水準に戻りそうになったときに、僅かな事故が発端に資金繰りが悪化します。

ビジネスに事故はつきものです。事故に耐えられるのは、自己資本だけですが、目いっぱいの借入をしていた万屋は、困窮します。

 

いよいよ手元資金が底をつき、売り込みに来る業者を口実をつくっては追い返すようになりました。

それでも、万屋の実情を知らない会社が、4億円を融通しようと持ち掛けました。喜んだのもつかの間、先日の万屋さんからの納品に不良品が入っていた。その分35万円を賠償してくれと言われて、その35万円が手元に無くて、万屋の見掛け倒しがばれてしまったそうです。