日本永代蔵より(20) ・・・ 伊勢海老の高買ひ

日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第二十回。

 

”堺に隠れなき樋の口過ぎ 能は桟敷から見てこそ”

(大阪・堺で知らない者がいない樋口屋の処世術。能は特等席で見てこそ意味がある。) 


生きてさえあれば、何とか食べてはいけるものです。あんまり心配しすぎるのも損です。

マスコミが、どんなに景気が悪いと報道していても、お正月には、みんなそれぞれ身の丈に応じた支度をしていました。餅の一つも食べ、数の子くらいは買って、おせち料理を準備しました。

 

多くの中小企業でも、今年の正月には、当面2~3か月先までの資金繰りは一応ついていました。まぁ、売掛代金が入れば、すぐに支払いに回るだけで、せわしいことではあります。従業員やパートの方への給料を遅らせるわけにはいきませんし、僅かでも年末には追加の手当ても出しました。長いこと使った作業服やら道具やらも、新年度に向けて少しづつは更新していきます。

 

儲けている中小企業は新年度の準備でわかります。暦上の時期や会社の決算期をとらえて、まだ使える道具を更新したり、機械設備を新調する会社は儲かりません。一つ一つは小さな金額でも、合計すると大きな無駄になります。

利益を上げている会社は、資金を使う時期をカレンダーに支配されません。必要なときに、そして価格が安いときに調達・購入します。業者が忙しい、年度末などに無理に仕事を頼めば、コストも上がりますし、出来映えも劣ります。

 

大阪・堺に株式会社樋口屋という食品問屋があります。この会社は、一切の無駄遣いをしないことで有名です。「同じ機能であれば、高価なものを使うことに利益なし!」が徹底されていて、安価な代替品を見つけるノウハウを完璧に身に付けています。「思慮ある会社・新工夫の会社」として、評判を呼んでいます。

 

堺という土地柄では、家計はつつましく、世間付き合いも品よくします。お隣の大阪市とは違って、少し気苦労の多い町かも知れません。

樋口屋では、年度の予算をきっちり立てて、それを守ります。必要なものは、全て予算内で調達して、着実な経営をおこなっています。会社で使う道具類は、きちんとメンテナンスをおこなって無用な故障がありません。何十年も使い続けている機械などもたくさんあります。

 

ほんの僅かな距離でも、大坂は違います。「今日を暮らして、明日を構わず」と言いますか、当座当座の儲けが出ると満足する土地柄です。一攫千金のぼろ儲けを狙う会社が集まっています。

道具や機械も新しいものが出ると、すぐに買ってみますが、性能が発揮できるまで丁寧に使わないので手放すこともよくあります。街中の風景も、派手で面白いものです。

 

時節を見極める機敏で頭のいい経営者だと言っても、利益を出さない人の言うことは聞けません。愚鈍な経営者でも、利益を出している、正しいことをしている経営者なら話を聞きたいものです。

樋口屋では、「若いときは、心を砕き身を働き、老いの楽しみを早く知ることだ」という大黒様の教えをしっかりと受け継いでいます。

樋口屋はこの堅実経営で、毎年高収益を上げていますから、手元資金が積み上がっています。それでも、この資金を無駄に使うことはしません。「減るのは早し」が社是になっています。

 

あるとき、樋口屋の営業時間外に「緊急の注文」だと電話がありました。若い担当が電話を受けると、1万円ほどの小口の注文で、しかも特殊品です。樋口屋では、できるだけ時間外の注文にも応じているのですが、さすがに面倒になった担当は電話を切ってしまいました。

もちろん、この担当は上司にこっぴどく叱られることになりました。

樋口屋では、どんな小口の商売でも決しておろそかにしません。どんなに仕事中でも、会議中でも、ときには懇親会の最中でも、お客様がいらっしゃたら対応するようにしています。

 

社長は、「私はもともと小さな資本で仕事を立ち上げて、ここまで会社を大きくした。これは、やりくり次第のことだ。」と社員によく話します。

借家をしたら、1か月の家賃を日割りにして、毎日別に貯めておくことだ。

借金をしたら、利息を毎月きちんと払って元金を運用すれば、完済した後に商売ができる。

借金を返済するのは、利益が出た月に、その利益の半分から返済するのだ。

日々の収支を管理せずに、決算時に収支の勘定をしている店は必ずつぶれる。

自分の金であっても、帳面に記録をするものだ。そうすれば、買い物に失敗することはない。

商売以外では、金の出し入れをしてはならない。

仕入は掛けでしないで、現金でする。そうすれば、後になって請求書に驚くことはない。

不動産を担保に差し出すくらいなら、外聞を気にしないで売り払え。担保を取り戻した例はなく、利息に痛めつけられて、結局は取り上げられるものだ。

まだどうにかなるうちに、家屋敷を売って別に場所に移れば、少々の資金は残る。

 

堺の町では、一代の成金は少なくて、代々続く大会社がたくさんあります。値上がりを狙って購入した美術品なども、誰も売らずにずっと持っている。経済基盤がしっかりしているので、大きな借金をする会社も少ないのです。

そんな会社では、普段は会社どうしの付き合いもしないのに、何か事があれば徹底してやります。

ある会社の社長が、市内の古刹が荒れ果てたのをみて、大金を投じて修復をしました。その完成した本堂に、海外から有名な音楽家を招いてコンサートを開催することにします。

そうすると、よい席を求めて多くの会社が金に糸目をつけずに買い求めに来ます。本堂に所狭しと近隣の会社から観客が集まって、コンサートは大盛況だったそうです。