日本永代蔵より(14) ・・・ 高野山借銭塚の施主

日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第十四回。

 

”大阪に隠れなき律義者 三世相より現るる猫”

(大阪で知らない者がいない正直者。前世は猫だったとか。) 


 子どものときには子どもなりの、大人になれば大人としての楽しみがあるものです。そうは言っても、命を保つには養生が大切です。若くて美しい女性と毎夜の房事を楽しんで、早く逝ってしまった金持ちの男を知っています。過度の房事は長命の妨げですから、避けましょう。

 

昔のこと、大坂の今橋筋に、節約家で知られて大金持ちになった男がいました。節約のために質素な食事を心掛けて、男盛りのときも女遊び一つすることもなく、生涯独身のまま大金を残して57歳で亡くなりました。

男には姉が一人いましたが、けちな弟とは音信不通の状態でした。その姉の夫は、男とは正反対の金使いの荒い無頼派です。姉は金の苦労とDVの果てに既に亡くなっていました。

男が命を削って蓄えた財産は、この無頼の義兄が相続することになりました。物凄い大金だったのですが、あっという間に闇カジノや高級風俗店に消えていきました。

哀れな大阪の節約家を、高名な占い師が「この男は、源頼朝から西行法師が賜った黄金の猫の生まれ変わり」だったと言いました。金猫は我が身の金を使うことはできず、欲の皮のつっぱった人の手に渡るのです。

 

金持ちになるかならないかは、人の能力だけでは決まりません。

賢いのに貧乏な人、愚かなのに金持ちの人もいます。毎日真面目に一生懸命働いても、お金が貯まらない人がいるのも仕方ないことです。気の毒には思いますが、どうしようもありません。

 

仕事は出鱈目なのに、豪華な家屋敷を建てて、美食と女遊びが大好きで、流行の洋服に宝飾品で身を飾って、有名人と好んで付き合う滅茶苦茶な浪費家が、外見の立派さで詐欺まがいに多額の借金を重ねます。返せる当ても、返す気持ちもないので計画的な詐欺そのもので、泥棒と同じです。

後で破産するつもりで借りている金ですから、うまく隠しておきます。自分の銀行口座はパナマにつくり、カナダやフランスに不動産を持ち、国内の不動産は親類名義にしておいて、弟はシンガポール国籍です。破産手続きもうまく納まって、末永く心やすく悠々自適の生活をしています。

 

ある店が、1100万円の負債に対して、財産が250万円しかなく破産しました。

合わせて86人の債権者がおり、債権者会議を開くことになりました。債権者会議の費用は全員で均等に負担することを決めて集まりましたから、会場費に食事、酒肴まで節約しようと思う者がありません。会議終了後に精算すると、会議費用が254万円となって一人頭450円の持ち出しになったそうです。あらら・・

 

10億円借りた、3億円借りた、2億5000万円借りた、と借金を自慢する人もおりますが、ちょっと気に入りません。一人で商売を営むなら、1000万円も借りたら自慢するの十分です。

 

大坂の西区に伊豆屋という会社があって真面目な商売をしていたのですが、いくつか不運が重なって倒産してしまいました。

正直一途に、残余財産を掻き集めて債務の65%までは返済を完了させました。行き届いた始末に債権者一同は感心していましたが、伊豆屋の社長は残り35%もいつか返済しますと言って、故郷の静岡に戻りました。

静岡でまた懸命に働いたので、思惑以上に利益を上げて残りの35%の足りる財産ができました。倒産から17年が経っていました。

社長は、大阪で当時の債権者に返済をして回りましたが、どうしても行方が分からなくなった相手もでてきます。その分のお金は、伊勢神宮に寄進をしました。

また、債権者そのものが破産していたり、会社が消滅していたりというのもあります。その分は、高野山に石塔を建立して”借銭塚”と名付けて弔いをしてもらいました。

こんなことする人は、珍しいですね。