日本永代蔵より(11) ・・・ 煎じやう常とは変る問薬

日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第十一回。

 

”江戸に隠れなき箸削り 小松栄えて材木屋”

(東京で知らない者がいない割り箸屋。今では大きな材木屋になった。) 


どんな難病でも、世界のどこかには、それを治療する名医はいるものだそうです。

男は「貧乏という病気を治療する方法がありますか?」と、あるお金持ちに訊ねてみました。

お金持ちは「40歳にもなっては遅すぎるけれど、あなたは浪費をしない人だから、まだ間に合うかもしれない。”長者丸”という妙薬の調合を教えてやろう。」と答えました。

 

”長者丸”の作り方は、朝早起きを15g、家業に励むことを60g、夜働くことを25g、節約を30g、健康を20g、併せて150gを混ぜ合わせて、粉末にして、朝夕毎日飲めば、必ず金持ちになる。

 

但し、この薬には次の禁忌がある。

○ 美食・女遊び・豪華な服 は禁止。

○ 妻に自家用車・娘に習い事・息子に音楽 は禁止。

○ スポーツ・読書 は禁止。

○ 自宅に応接間や趣味スペースを作るのは 禁止。

○ 花見・月見は 禁止。

○ 競馬競輪・麻雀・囲碁将棋は 禁止。

○ 神社参拝・寺社参詣は 禁止。

○ 喧嘩・争議・裁判は 禁止。

○ 株式売買・投資信託は 禁止。

○ 酒とたばこ・私用の旅行は 禁止。

○ 寄付一切は 禁止。

○ 家業以外の仕事は 禁止。

○ 有名人・芸能人との付き合いは 禁止。

○ 借金は 禁止。

”長者丸”と、これらを合わせて飲めば、猛毒になるので、必ず避けること。

 

男は、教えを守って、”長者丸”を毎朝夕に服用したので、確かに少しづつはお金が貯まってきました。そうは、言っても知れたものです。商売の元手には、とても足りません。

元手がなくてもできるのは、スポーツのコーチかコンサルタントくらいです。

 

その頃、東京でオリンピックを開催することが決定しました。新しい国立競技場を建てることになりましたが、珍奇な設計をしたものでお金が足らなくなりました。もう一度設計しなおした競技場は木材をふんだんに使ったシンプルなものになりました。

 

男は、伝手をたどって、競技場を建設するスーパーゼネコンの孫請け会社に就職しました。新競技場の建設は、設計のやり直しで納期が短くなって、突貫工事です。

男は、”長者丸”を飲んで、朝も昼も夜も働きました。そうこうしていると、競技場の建設に使っている木材の端材が目に入りました。混焼ボイラーで燃やして、再生エネルギーとして電気に変わるのですが、まぁ無料同然です。

男は、端材を譲ってもらって、自分で加工して「&トーキョー割箸」と銘打って売り出してみました。削り出しの、意外に立派な割箸が評判を呼んで、大繁盛です。SNSで世界各国にも拡散したので、口コミの恐ろしさ、どんどん売れます。いつの間にか大きな元手ができました。

 

男は、その元手で木材商社を立ち上げました。海外の森林の伐採権を買い取って、建築構造材として、製材加工して取引を拡大しました。思う存分に儲けた男は、80歳になったときには30億円の個人資産を持っていました。これも、若い頃から飲み続けた”長寿丸”の効果です。

 

さすがに、80歳になったので少しは贅沢はしてもよいだろうと、初めてオーダーの背広をつくり、銀座で食事をして、京都の寺社を巡り、歌舞伎座を訪れました。八十の手習いで、俳句をひねり、賭け事もしてみました。

その後も、世界一周クルーズで、ヨーロッパ・アメリカ・アフリカに南極まで足を伸ばして、悠々自適に楽しみました。死ぬまでに必要な十分なお金は残して、それ以外の財産は相続や寄付をして、きれいに処分をしました。

 

88歳になると、立派な葬儀で旅立ちましたが、世間の評判、これに勝る人はおりません。死んでも光輝き、そのまま仏さまになったようです。誰もが尊敬して、羨みました。

どんな金持ちでも、あの世にまでは持って行けません。若いときに貯えて晩年自適に過ごすのは、存外難しいものです。