日本永代蔵より(10) ・・・ 舟人馬方鐙屋の庭 

日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第十回。

 

”坂田に隠れなき亭主振り  明くれば春成長持の蓋”

(山形県酒田で知らない者がいない客あしらい。長持の蓋を開けると春が来る。) 


酒田市は豪雪地帯で、毎年3m以上も積雪があります。11月頃から、山沿いの道を雪が覆いはじめて、道路交通にも支障がでてきます。

都市部の住民でも買い物に出掛けるのも億劫になってくるので、冷凍食品や長期保存できる食品の需要が旺盛です。田舎に住んでいる高齢者などは買い物弱者と呼ばれて、支援が必要です。

 

その酒田市に株式会社鐙屋(あぶみや)という東北地方で一番の商社があります。

現在の社長が若くして興した会社です。

最初は酒田市内にある工場の定期修理に、遠方からやって来る作業員用の旅館をやっていました。社長は、そこで蓄えたお金で、特産の米の卸売業に転業しました。その後、米に加えて酒類、肉や魚など食料品全般から工業製品に至るまで広範囲に取り扱う大きな問屋になりました。

 

地元の方からは、食料品の加工に事業に進出して冷凍食品やレトルト食品の製造をおこなってはどうか、とか、宅配サービスや介護事業にも参入してはどうかと言われますが、社長には問屋専業を変える気持ちはありません。

 

株式会社鐙屋は、営業部・運輸部・倉庫部・総務部・経理部とそれぞれの部署に適材を配置して、それぞれが責任を持って業務を遂行し、スムーズに会社が運営されています。

社長はいつもきちんとした服装をしていて、お客様を丁重にお迎えします。社長夫人も、たいていは会社にいて、質素ながら清潔な装いで、素敵な笑顔でご挨拶されます。

社長夫妻がそうですから、鐙屋ではお客様はいつも大事にされます。商談する部屋も多数あって、足らないということはおこりません。それぞれのお客様に一部屋を確保して商談をおこないます。

 

鐙屋には、毎日、全国各地から各社の購買担当者が商談に訪れます。東京・大阪だけではなく、北海道から九州・沖縄まで、海外からの訪問も多数あります。  

 

一般に、ビジネスマンが消極的なのはよくなくて、他人の後をついて行っても、利益はあがりません。積極的で気持ちが開けっ広げで、たまに会社に損失を出すくらいのビジネスマンのほうが役に立ちます。仮に損失を出しても、何倍かにして取り返すものです。

逆に、近い将来の独立を夢見て自分の成績を上げることばかり考えるベテランや、本体価格以外の浪費に気づかない未熟な若手社員は、会社に損失を出すだけです。

 

あるビジネスマンは、酒田市のホテルに着くなり高級ブランドの洋服に着替えて、鐙屋の担当者を呼び出しました。無理に案内をさせて、夜の街に繰り出しました。こういうタイプの人が独立して成功することは聞いたことがありません。

ほかのあるビジネスマンは、酒田に着くと鐙屋に直行します。若い従業員を選んで、「〇〇の収穫見通しはどうか?」とか「○○農園の品質はどうか?」とか「天候に違いはないか?」とか言葉巧みに聞き出します。こういうタイプは、景気の動きや相場の流れにも抜け目がなくて、どんどん出世します。鮮度のよい情報を仕入れるビジネスマンが優秀だということです。

 

鐙屋の社長は問屋専業にこだわります。問屋として商品を取り扱うだけであれば、収益に心配をすることもありませんでした。製造業などに進出すると、少しの要因で損失が発生することがあります。経費の掛かり方も違いますし、販売計画の誤差や製造時の失敗もおこると信じています。

 

鐙屋では、毎月の決算書は翌月1日の夜には完成しています。

当然ですが、月によって収入のよいときも悪いときもあります。どこよりも早く、正確な決算データを元にして、会社の事業計画を見直していきます。

鐙屋の経営には失敗はおこりそうにありません。どんな顧客からも、信頼を損なうことはありません。鐙屋では、社長が1年分の決算書をキャビネットに納めて、新しい長持(キャビネット)の蓋を開けたときに新年がやってきます。