日本永代蔵より(2) ・・・ 二代目に破る扇の風

 日曜連載は、井原西鶴の「日本永代蔵:現代版アレンジ」です。第二回。

 

”扇屋”の当主は、節約家として有名です。京都のまちに大きな屋敷はあるのですが、庭の木々を観るくらいなら、蔵の金を観るほうがよほど好き。映画にも芝居にも行きませんし、ましてや女遊びなど考えたこともありません。

毎日一生懸命に働いて、病気になっても医者にかからず気合いで治してしまいます。唯一の楽しみは歌を歌うことで、とても上手なのです。でも、人に聞かせたりすることもなく、夜に灯も点けず、暗い部屋で口ずさむだけです。

毎日の仕事でも、靴は擦り減らさないように歩き、服は傷めることもないように着て、万事に注意して過ごしていました。

ついに数十億円のお金を貯めて、米寿(八十八歳)の祝いを迎えました。それでも、人の命には限りがあり、扇屋の当主はこの年の10月に天寿を全うしました。

 

扇屋は、息子が跡を継ぐことになりましたが、この二代目が親に勝る節約家です。葬式の後も形見分けもしません。初七日の法要を終えると、商売を静かに再開しました。

 

それから12年の月日が経って、商売はさらに順調です。二代目も節約に努めるので貯まった金は百億円を超えました。ある日、「ああ、親父も生きていれば百歳」と、菩提寺に墓参に出掛けることにしました。その帰り道です。公園の横の竹垣の下で、何か厳重に封をした封筒がありました。

拾い上げてみると、どこか地方の若い役人が、祇園のクラブのホステスに宛てたラブレターです。なんと現金50万円が同封されています。

読んでみると、男が本気でホステスのことを好きだと分かります。「私の命より大事なかわいいあなたに、お金をたくさん送りたいけれど、私は役人になったばかりで貯金もない。何とか、工面をつけて送るので、あなたに喜んでもらいたい。・・・」と切ない内容です。

 

二代目は、何だか不憫になってきます。さすがに祇園がどこにあるかくらいは知っています。柄にもなく、そのホステスに手紙と金を届けようと思い立って、出掛けることにしました。

もとより、自分で遊んだことなど一度もないので、どこの店かもわかりません。あっちこっち訊ねて回りますが、ホステスの行方はなかなか掴めません。

ようやく、そのホステスを知っている人を見つけることができましたが、どうやら何かの病気に罹って仕事はやめて、九州のほうに戻ってしまったようです。

 

二代目はがっかりしたものの、もともと自分の金ではない50万円の現金が手元にあります。

これだけ、探し回ったので、一生の思い出にちょっと遊んで帰ろうか思い立ちます。老後の話の種にもなるだろうかと、一軒の店に入ってみました。

何事も初体験の二代目は、慣れないお酒に浮かれて、ホステスたちの巧みな接客にころっと手玉に取られてしまいます。その日のうちに数軒をはしごして、その週のうちに祇園中のホステスを知るところになりました。ついに、新しい洋服を何着も誂えて、ピカピカの靴を履いて、もう誰知らぬ者はありません。

 

僅かの間に、百億円の金も使い果たして、二代目の手元には古い扇が一本残るだけとなりました。今は、先代譲りの美声で切ない歌を静かに口ずさみながら、その日暮らしをしているそうです。