今年のノーベル平和賞は、ロシアのウクライナ侵攻を背景に、旧ソビエトのベラルーシの人権活動家と、ロシアとウクライナ、それぞれの人権団体が選ばれました。
ノーベル平和賞を日本人で受賞したのは、1974年の佐藤栄作首相のただ一人です。非核三原則を提唱して、沖縄や小笠原などの日本への返還を達成しました。佐藤の真意について疑問を持つ人も多いのですが、今風に言えば、米国が核による敵基地攻撃の可能性を模索していた当時、米国の傘の下にあった日本ができた最強の施策だったのかも知れません。
ノーベル研究所は50年以上前のノーベル賞について候補とした人物を公開しています。それによると戦後、佐藤栄作の前に少なくとも3人の日本人がノーベル平和賞の候補になっていました。賀川豊彦、岸信介、鈴木大拙の3人です。
このうち、岸信介は佐藤栄作の兄です。総理大臣だった岸信介は、1960年のノーベル平和賞の候補になっています。
岸は、世界に軍縮、とりわけ核軍縮を強く働きかけた平和の唱道者であるというのが、ノーベル平和賞候補となった理由です。首相在任中には東南アジア諸国をはじめとして第二次大戦の関連国を歴訪して、日本との関係改善・修復に努力しました。
さて、1960年というのは、日米安全保障条約の改定を巡って、日本国内が騒然としていた(60年安保闘争)年です。総理大臣を務めていた岸は、新安保条約が効力を持ったことから、この年の7月に辞職しました。
尚、岸の推薦者は米国の民主党上院議員ホランド氏です。岸自身は自分がノーベル平和賞の候補になったことがあるとは知らずに亡くなったようです。
ノーベル平和賞は、いろいろ物議を醸しだす賞ですが、世界の平和における日本の国際的な立場を知ることには役に立ちます。日本人のノーベル平和賞候補が複数ある状況が続けばいいなぁと思います。