避けてはいけない三密のはなし

仏教との距離はあまり近くはないのですが、一応真言宗の檀家です。

 

弘法大師(空海)が開いた真言宗は密教を基盤にしています。密教の教えに、身密・口密・意密の三密があります。身密は身体・行動、口密は言葉・発言、意密は精神・思慮の密です。密教では、生命は身体と言葉と精神の三つから成り立っていると考えられています。尚、口密は語密ということもあります。

 

正法寺
正法寺

密教の教主である大日如来の法身としての活動は、三密と解されています。

 

一方で、業とは煩悩を生じる原因となるもののことで、身業・口業・意業の三業があります。

身業は、楽をしたい、美味しいものを食べたい、異性と交わりたいと言った煩悩です。口業は、悪口や陰口、自慢話、噂話などをすること、意業は、バレなければ何をしてもいいと思う心、ズルをしようと思う心などを指します。

 

人間は三業という煩悩を持っているのですが、この三業のなかにこそ真実があります。

密教では、どんな人間も、本質は大日如来の一部であり、その本質さえ明らかにすれば、大日如来と一体になれる(入我我入)といわれます。

そこで、人間は、身に印を結び (身密) ,口に真言を称え (口密) ,心に本尊を観じる (意密) とき,仏の三密と相応して,仏の加護を受け,仏と同一となることができるわけです。

つまり、大日如来が姿を現したものとされる人間の三業は、三密加持の修行によって、仏の三密へと浄化されるのです。 

 

また私たちが眼にしている現実の世界は、法身である大日如来の現れとされます。したがって、現実はそのまま絶対です。仏も人間も一体であるので、大日如来の慈悲を固く信じ、悟りを求める心をもって仏と一体化できるよう努力をすれば、迷いから脱して真理を知ることができるということです。