科学的合理性と社会的合理性~新型コロナ

リスクの保全をする場合の判断基準には科学的合理性と社会的合理性のバランスがあります。

 

今日はBCPセミナーの講師をしました。新型コロナ感染防止ということで、時間を短縮しての開催です。受講者も当初の予定より減っていて、会場も広いので濃厚接触ではありません。そのセミナーの質疑応答で「首相が小中高校の全国一斉休業を依頼した、これに科学的根拠がないと思うが、講師の見解は・・」と質問されました。

 

意思決定
意思決定

「私も科学的根拠はないと思うが、社会的な合意には科学的合理性と社会的合理性の両方があり、首相の決定が社会的合理性に沿ったものかも知れない」と応えました。

 

リスクとは危険の可能性のことなので、確率や見込みという不確かさを持つものです。

 

科学的合理性(あるいは科学的根拠)とは、自然科学の論理に沿って数値化された推定をするということです。科学的合理性の不確実さが十分に小さいならば、科学的合理性に基づいて社会的な合意を得ることができます。

 

科学的合理性の不確実さが小さくなく、且つ小さくするには時間がかかって待っていられない場合には社会的合理性が公共の合意をつくります。

社会的合理性はどこにあるのかは、数値化されるような理論はありません。社会とは多様なものであり、市民でも統治者でも情報は十分ではなく、意思決定のプロセスの階層的に複数あります。また、現代社会では完全な自由の制限は不可能です。

 

例えば、福島原発で増え続けている処理水の問題は科学的合理性で言えば放出するのが”たぶん”正しいです。しかし、不確実さがゼロではありません。科学者が社会の合意を得ることに至っていないので、社会的合理性から溜め続けることになります。

 

予防接種の問題もあります。仮に10万人の子供が母集団でいて、何かの感染症で100人が死ぬとわかっているとします。10万人全部に予防接種をすると1人の死者もでません。しかし、10万人に1人の割合で接種後に副作用があり亡くなると推定されいます。

この場合、この予防接種を10万人の子供の親に合意してもらうことができるでしょうか?

難しい問題です。