オウム は世界征服を狙ったテロリスト集団

松本智津夫(麻原彰晃)をはじめ7人の死刑が執行されました。

 

例によって、ワイドショーマスコミでは珍妙なコメントが大量に流布されています。若い人たちは実態を知らないので、幻惑されてしまいます。オウムは日本を足掛かりに世界征服を企んだ武装テロ組織であって、宗教は隠れ蓑に過ぎません。

麻原彰晃逮捕
麻原彰晃逮捕

麻原彰晃こと松本智津夫は、1955年に熊本県で生まれました。目が不自由で、盲学校で鍼灸師の資格を取得した後、東京の予備校に通います。大学入試には失敗しましたが、東京で鍼灸院を開業して繁盛していました。このとき、ヨガと出会って修行するようになったそうです。

 

松本は、29歳の1984年に、株式会社オウムを設立してヨガスクール事業を始めます。

個性的な風貌のどこかに惹かれるのか、若い女性の会員が集まりました。ビジネスの才能があったことは確かなようです。

この頃から、精神パワーということを言い出した松本は35人の信者を集めて、1986年にオウム神仙の会を立ち上げます。翌1987年にオウム真理教と名前を変えて以降、活動は先鋭化していきカルト教団の色合いを強めます。

・・オウム真理教の元は「株式会社オウム」です。オウムは、お経の最初に「オン」という掛け声というか呪文がありますが、このアルファベット表記Aumを読み直したものです。

 

その2年後の1988年には、信者2000人、出家信者も100人を超え、富士山麓にセンターをつくりまでになります。この急激な膨張の原因は実のところ、よくわかりません。

オウムによる最初の殺人※死体損壊は1988年7月のことですが、その後は選ばれた者である麻原による殺人は「ポア」と称して正当化されました。※修行中の事故死の隠ぺい?

既に怪しい教団として認知されていたオウム真理教ですが、1989年8月に脅迫に負けた東京都は宗教法人に認定してしまいます。その3か月後に、オウム被害者の会の阪本弁護士一家が暗殺されます。そして、翌1990年2月の総選挙に真理党として打って出るわけです。

 

この総選挙での惨敗の後、オウムは大量破壊兵器による武力での世界征服を目指すようになります。最初に、生物兵器としてポツリヌス菌の大量製造をおこない、皇居・国会議事堂・成田空港などで空中散布をするという多発テロを試みました。この攻撃は、ポツリヌス菌の毒性が弱くて失敗して、へんな話なんですが誰にも気づかれないままに終わりました。

 

一方で、化学兵器であるVXガス(金正男殺害に使用された毒ガス)の製造には成功して、脱会を申し出た信者の殺害などに何度も使用されました。

更に、猛毒の炭疽菌の培養をおこなって、実際に都内で噴霧してみましたが、被害は出ませんでした。ホスゲンガス、シアン化水素ガスなども、殺人に使用していますがいずれも失敗しています。

 

この間、サリンの製造には成功して、1994年6月の松本サリン事件に使われました。この成功に味をしめて、上九一色村のオウム施設ではサリンの大量生産をおこないました。ところが、異臭がしたり設備の爆発音が聞こえたりしてと、製造管理は不十分でした。住民からの通報で調べてみると、周辺土壌の調査の結果、サリンが検出されて、松本サリン事件がオウムによるテロだとわかってきました。

 

ところが、日本には毒ガスの製造を禁止する法律が当時はなくて、殺人や傷害につながる直接的な証拠はないので警察は強制捜査に踏み込めないでいました。このようななかで、1995年3月に地下鉄サリン事件が発生するわけです。

 

オウムが製造していた生物化学兵器は、品質的に不十分でしたが、もし目論み通り(サリンを70t製造する)であれば、致死量の100億倍(計算上100億人殺せる)以上の量になります。これ以外にも、自動小銃を1000丁製造したり、オーストラリアに核兵器の原料ウランを買い付けに行くなど、大量破壊兵器の製造には、あっちもこっちも手を出しています。

 

このような状況ですが、民主主義国家である日本では、オウム真理教を勝手につぶすわけにはいきません。このため、公安の監視もユルユルで、警察の捜査や対応はゴテゴテになったことは否めません。麻原が逮捕されたのは、多数の被害者が出た後の1995年5月のことです。

 

つまり、麻原たちは、日本という極端に規制や監視の緩い自由な国(あろうことか、武装テロ集団と疑われている組織を、宗教法人に認証して保護し、総選挙で自由な宣伝をさせるような国は日本くらいでしょう)で、大量破壊兵器を製造する。その兵器を持って、協力に武装化した集団をつくり、世界を征服するという野望を持っていたわけです。

 

そして、それはオウムのなかに生物学や化学、機械工学、医学などの正確な知識と技術、もう少しの資金があれば成功していたかも知れないのです。オウム幹部信者を、高学歴の研究者とか言って祭り上げていますが、それらが生半可なものだったのが幸いしただけです。

 

20数年を経て、事件は矮小化されてきています。

そんなバカな・・ってことも、起こるかも知れないと考えることが大事です。しかも、実際にやりかねない人物が近くにいるような気がしますし・・・。