ブラジル国歌は勇ましい

リオ五輪、日本の金メダル7個となり、日本の国家「君が代」も7回流れました。

 

折角ですから、You Tubeでブラジル国歌を聞いてみましょう。

 

歌詞の日本語訳です。

「世界の国歌」というサイトにありました。

 http://www.world-anthem.com/lyrics/brazil.htm

 

イピランガの川岸から聞こえる

鳴り響く勇者達の雄叫び

祖国の空に自由の太陽が光輝く

 

力強き腕(かいな)で勝ち取りし平等の誓い

おお 自由よ その胸の中へ

我等の魂は死をも厭わない

愛しき 崇拝すべき祖国よ

万歳!万歳!

 

ブラジル そこは鮮やかな夢と

愛と希望の光が振り注ぐ大地

清き微笑が漂う美しき空

南十字星がまばゆく光り輝く

 

生まれながらにして強く美しく

恐れ知らずの巨人よ

汝の未来は偉大なものとなろう

 

 <コーラス>

おお 愛しき祖国 ブラジル 

数多(あまた)の中で最愛の国よ

汝は我等の優しき母

愛しき祖国 ブラジル!

 

500年以上前には、ブラジルは広大な土地に僅かな人数の先住民(インディオ)が暮らしていました。大航海時代の1500年にポルトガルによってブラジルは発見?されます。

 

最初は沿岸部で染料、次に砂糖など主に農産品の生産が盛んにおこなわれるようになります。更に、内陸部で金やダイヤモンドが発見されるとゴールドラッシュになります。ポルトガルは、大西洋をはさんだ対岸のアフリカの植民地から黒人奴隷を労働力として送ります。アフリカからはコーヒーの栽培も伝わり、ブラジルは産地となります。

ブラジルの豊かな大地は、ヨーロッパ列強にとっても魅力的で、フランス・スペイン・オランダ・イギリスの順でちょっかいを出します。ポルトガルは何とか耐えて、1800年頃にはポルトガル・インディオ・アフリカ系の混ざりあった独特な文化の大地・ブラジルができます。

 

1808年に本国ポルトガルにナポレオンが率いるフランスが侵攻してきます。

ポルトガル王家は、仕方なくブラジルに避難してきます。つまり、ポルトガルの王様はブラジルに居て、ポルトガルを統治するということになりました。

1815年にリオデジャネイロはポルトガル・ブラジル連合王国の首都となります。

 

ナポレオンが去ったポルトガルでは、1820年に自由主義革命が起こります。王様はリスボンに戻ってポルトガルは立憲王国となります。

このとき皇太子ペテロはブラジルに残ります。

そのペテロがブラジルの民衆に説得されて、サンパウロ郊外の「イビランガの川岸」で本国からの帰国命令を破り捨てて「独立か死か」と叫んで、ブラジル独立を宣言します。 

 

国歌は独立の9年後の1831年に作られています。

300年余り続いた、植民地支配から独立を果たした人たちの高揚を伝える国歌です。

 

その後のブラジルは、このペテロ1世、息子のペテロ2世と続く帝政の時代を経て、1889年に共和制に移行します。1895年(明治28年)には、早くも日本とブラジルは修好条約を結んで盛んな国交がおこなわれます。

多くの日本人が移民としてブラジルに渡り、現在ではブラジルには200万人近い日系人がおり、日本には20万人を超えるブラジル人が住んでいます。